合唱団よしだ

記事

富士山頂公演顛末記

CM用動画:富士山頂公演CM(Real Movie)

2000年8月13日 富士山山頂にて

演奏曲目

  • 合唱団よしだ団歌「King of Universe」
  • 男声合唱のための組曲「富士山」
    1. 作品第壹
    2. 作品第肆
    3. 作品第拾陸
    4. 作品第拾捌
    5. 作品第弐拾壹
  • 男声合唱のための組曲「よしだ」より
    1. よしだ

出発(8月12日)

合唱団よしだは全国的な組織なのですが、主に大阪や東京に団員が暮らしています。
集合場所はとりあえず静岡側の富士山五合目でした。東京部隊はさほど苦労もなく集合できるのですが、
大阪部隊は新幹線で行く者と、青春18切符を使って安く行こうという者に別れました。
筆者は仕事の都合もあって12日の早朝から新幹線で新富士駅を目指しましたが、
18切符で大垣夜行臨時便(お盆と言うこともあり、指定はとれませんでした)に乗った人はかなり大変だったようです。
コミケや、なんとかいうバンドのコンサートがあったりして、大垣からずっと満員電車並の乗車率だったらしく、
4時間もの間立ちっぱなしだったということです。ご愁傷様。

富士山登頂

ぼくはとりあえず07:00新大阪初のひかり208号に乗り込み、一路富士山を目指しました。
いやぁ、新幹線は速いですねぇ。今までは時間をかけて金かけずだったのが、社会人になってちょっと変わりました。
そんなにお金持ちになったわけでもないですが、時間のほうが大切です。

っていうか、大垣夜行の指定席がとれていればそっちに乗ってた可能性も高いですが、
お盆で混むのがわかっている時期に臨時便に乗る気にはなれませんでした。ういおあ。

名古屋でこだま454号に乗り換えて、新富士に着いたのが10時です。
大阪から新幹線で行ったのは結局4人で、時間のあるままにビールをいっぱいやってました。 [写真]
新富士で東京部隊と合流。そこからバスに揺られること2時間ちょっと。途中で浅間大社とかで休憩しながら、富士山の五合目です。
さすがに富士山。道は急で九十九折りときたもんです。自転車で登っている人が幾人かいました。
雨の中大変でしょうねぇ。ぼくは下りならしたいです(^^ゞ
で、五合目でようやく合唱団よしだ富士山公演メンバーが勢揃いしました。男性14人、女性4人の合計18人という大所帯です。
五合目とはいいながら、標高は2000mを越えています。ポテチの袋もぱんぱんでした。 [写真]

折しも、台風接近する中、小雨がぱらつくもののなんとかなるだろうという楽観的希望の元に
我々は富士登山を開始したのでありました。
事前に仕入れていた情報では、頂上まではざっと5?6時間の道のり。
今日は8合目で一泊する予定なのですが、それでも3?4時間あれば着くはず。

登っているときは、そんなに雨は降ってませんでした。レインギアに身を固めて出発したら、暑かったくらいです。
途中で脱ぎ去って、みんな軽装にて登っていきました。
10分歩いたら休憩というようなペースで、慣れた人にはかえってつらく、
慣れていない人にはしんどいというような感じで頂上を目指しました。 [休憩中]
雲量はかなり多かったものの、ところどころ晴れ間も見えました。 [風景写真]

高地ということもあり、酸素も薄いものです。途中でばてる人もやっぱり出てしまいました。
よしだ総裁その人です。休憩して体を止めるとやはり寒くなってしまい、こごえている姿が数多くの登山客に目撃されてしまいました。
やはり、前日に調子のいいまま酒を飲み過ぎたのが原因でしょうか。
体をはってよしだの宣伝につとめる総裁の姿にみんな感銘を受けたものです。

とにかく8合目の山小屋に着いたときには、天候もだいぶんと悪化してしまいました。
富士山の登山客が最近増えているというニュースは聞いていました。そのために、排泄物やゴミで山が汚れると言うことも。
そしてそれを実感した日でもありました。
お盆の期間と言うこともあり、山小屋は人でいっぱい。一つの布団に3人で寝てくれと言う状態でした。
飯は粗末なカレーと、朝の弁当のみ。まあ、そんなもんです。
これくらいなら、テントとかもってきてビバークしたほうがよかったんじゃないかと思えるくらいです。
晴れていれば何とかなったかも知れませんが、雨ではさすがにそうもいきません。
愛想の悪い山小屋のにいちゃんに若干腹を立てながら、飯食ってました。
確かに、順番間違えたのは、ぼくらが悪いんですが。

飯食って、17時くらいにはもうすることもないので眠りました。
といっても、ぼくがいたところの斜めのおっちゃん(40代後半。朝に確認しました)がすごいいびきで、ろくに眠れませんでした。
他の人は大丈夫だったんでしょうか。ぼくが一番近かったせいもあるかもしれませんが、被害は甚大。
どれだけけ飛ばしてやろうと思ったことか。
ぼくが他人に殺意を抱いたのは、これが3度目のことです。ういおあ。
山小屋にはいる前に、いびきと歯ぎしりはチェックするべきです。やばいひとは来ちゃいけません。はっきり言って、迷惑だ。

夜、2時ぐらいに出発の予定でしたが、台風の影響もあってかものすごい風と雨の音がしていたため中止。
山小屋のにいちゃんも起こしてくれませんでした。
5時頃、ようやく天候も持ち直してきたので頂上を目指したのでした。
午前中はさして天気も崩れることもなく、晴れ間さえのぞいていました。 [証拠写真]   [表口9合目]

富士山山頂

山頂にたどり着いたのが、10時頃だったかと記憶しております。
山小屋で用意してもらった日の丸弁当を食らい、それでもかなりおいしかった。
もってきたガスコンロでみそ汁と紅茶をわかしました。やはり冷え切ったからだと山の頂上にはこれが一番。

え?、富士山では、水が貴重です。血の一滴は水の一滴というくらいです。
食料品はけっこう下界に近い値段ですが、水の必要なものは高価になってます。トイレも有料だったりします。
でも、ぼくらが行ったときは、雨でした。水をうっとうしく思いながら、水に大金払ってたわけです。

実はぼくらが登り着いたところは、頂上ではあったものの富士山で一番高いところではありませんでした。
富士山の頂上は広いんで、高低差が結構あるようです。
みんなけっこう疲れていて帰ろうかという意見も多々ありましたが、せっかくなんで日本最高峰まで行ってみました。
俗におはち巡りとか言うやつです。天気が良ければ右手に火口、左手には富士からの雲海が見えるはずだったのですが、
視界およそ30mという悪条件の中で、ぼくたちは剣が峰をめざしたました。
道は大したことないです。すぐつきます。

測候所があって、ギャラリー(登山客)も何人かいたのをこれさいわいと、しぶる人の反対を押し切って演奏会を決行しました。
とりあえず [頂上記念写真(イメージ合成)]。朝焼けを拝みながら歌っているはずでした。本当は雲で真っ白でした。
っていうか画像、よく見るとだれかの頭が消えてます。ごめん。

演奏だ?

出足は鈍かったです。みんなで酸素を補給して呼吸を整えて楽譜を用意して舞台に上がってけっこう恥ずかしい。
指揮者がいないという悪条件。みんなのフィーリングで息を合わせて歌うしかないわけです。
でもまぁ、歌い出せば何とかなるもの。
山を楽しみに登ってきた人にはちょっと迷惑だったかもしれませんが、
おじちゃんおばちゃんには拍手&アンコールまでもらいました。
そして観客が一人去り、二人去りする中、結局ぼくたちは富士山全5曲を歌いきったのでした。
演奏時間およそ15分くらい?

ついに合唱団よしだは、日本最高の合唱団になったのでした

歌い終わったときは、満足感でいっぱいでした。
観客がまったくいないことを気にもとめず、ぼくたちは富士山を下りにかかったのでした。
頂上で販売するために西尾君がもってきたCDは、結局そのまま持って降りることに。
いったい何だったのか。たんなるデッドウェイト。体を鍛えるための代物と化していたのでありました。

下界へ

山で一番つらいもの、雨とそれは下りです。
特に富士山ではずっと単調な下りが続くので、膝が破壊されます。
しまいにゃ大笑いです。
最初のうちこそみんなはぐれないように固まって歩いていましたが、やはり脚力の差は如実に表れるというもの。
もう間違いそうな分かれ道はないというポイントを過ぎると、一気に差が開きました。

富士山の下りはまさに九十九折り。蛇行する坂を延々と下っていきます。
雨は降る。ずっと変わらない景色の中を。
そしてぼくは、天候を甘く見てレインギアのズボン履いてませんでした。
途中で履こうかと思ったときには、もうずいぶんと濡れていたので、あきらめたのです。
濡れて重たい足を引きずるように歩けば、裾は泥だらけ。雨もあり、もはや写真を撮る余裕もないです。
途中、カンフル剤代わりのウィスキーを軽く飲って、元気を取り戻したのもつかの間。下りは続きます。
途中まで、最後尾について歩いていた僕ですが、7合目のあたりで限界が来ました。
あまりのスローペースと休憩の多さについていけなくなったのです。
山で一番しんどいのが、急ぐこと。その次が多分、遅い人に合わせて歩くことでしょう。
なんにせよ、自分のペースが一番なのです。
申し訳ないが、と一言謝って、ぼくは遅れて歩く人たちを後に駆け出しました。
とりあえずとっととこの苦行を終わらせたい気持ちでいっぱいだったのは確か。

それがぼくのペース。今までの遅れを取り戻すかのように、駆け下りました。
砂利みたいなところは、半分滑りながら降りると、膝の負担も軽減されて楽です。
あるところは大股ですべりつつ、あるところはスキップで、あるところは斜め走りで一気に攻めると、
先頭集団を追い越してトップに立ちました。
でまあ、とりあえず5合目までたどり着いたはよかったものの、ここでひと騒動。

なんと、登山口って2つあるんですねぇ。
スバルラインの方と吉田口。はてさてどっちへ行ったもんかと迷い、5人くらい集まってうろうろしてました。
合唱団よしだとしてはやはり吉田口のほうにひかれるものの、何となく人通りが多いのはスバルラインのほう。
どっちなんだ?と悩むこと小一時間。っていうかちゃんと事前に調べとけよって感じです。
あちらこちらをさまよったあげく、吉田口は自動車道が通っていないようだと判明。
このまま徒歩で下界まで降りるのは不可能に等しいので、スバルラインのほうに行ったのでした。
と、ここでぼくが思い出したのは、スバルライン(?)ができてから吉田口がすっかりさびれてしまったとかいう新聞記事。
そのことを思い出してれば、こんなに迷うこともなかったに違いない。
ぼくの脚はもはや限界近く。明らかに落ちたペースでそれでもなんとか歩を進めるのでありました。
気分はもう「I'm singing in the rain」雨に唄えば。
しかしぼくがこの曲を聴いて思い出すのは、なぜか時計仕掛けのオレンジの主人公アレックス。
暴力シーンが印象的でしたねぇ。

再び五合目

にぎわってます。
さすがに車道が整備されてる場所だけあって、馬車はあるわ。バスはいるわタクシーは並んでるわ。
正月とか盆休みとか、まあ夏休み全般は稼ぎ時なんでしょう。ここはもはや青峰富士ではなくて、下界の延長。
久しぶりに街に来たって感じです。観光地ですなぁ。
土産物屋で着替えと食事をしてほっと一息。用意しておいた替えも雨中行軍を続けたせいで多少湿ってましたが、我慢。
土産物を買って1回50円(学生無料)のトイレを済ませて、全員合流しました。
とりあえず飯食って腹がくちくなると気分も落ち着くというもの。ようやく余裕が出てきたかと言うところです。

ここに、ろくに山登りの経験もないような人も含めて、18人が富士山の頂上から無事生還するという快挙を成し遂げたのでした。
(うち、靴擦れ1名、凍える1名)
よしだの歴史が、また1ページ。

タクシー呼んで宿まで乗り付けると、あとは宴会でゴー。
ぼくはあんまり覚えてません。いつも通り、だいぶん飲んだような気がします。

  • にごり酒1升
  • 日本酒1?2升
  • ビール相当数
  • ワイン1?2本
  • ウィスキー1本

以上、ぼく一人で飲んだんではありません。確実にわかっているだけの全消費量です。
途中で2回くらい酒を買い出しに行ったらしい(ぼくも同行したらしい)ので、もうちょっと多いかも。
あと、なぜか、酔っぱらってとったかのようなピンぼけの写真がいくつか・・・。
気がついたら、朝でした。えうえうあー。 [宴会写真] 無修正でぼけでます。まともにカメラがもてなかったようです。
いや、雨のせいでちょっとカメラ内部が結露ってたのかも知れません。

なんにせよ、無事終わったと言えましょう。 次はどこを制覇しようかという野望が、よしだ団員の胸の内にふつふつと沸いているのでありました。

そういや、翌日は有志でレンタカーを借りてドライブ。富士五湖周辺を回りました。
そのまま東京まで行って、適当に観光・・・。
帰り着いたぼくは、またもや連れとの飲み会へ突入したのでありました。

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